佐藤第三次改造内閣が成立した。
この内閣の最大の、あるいはただ一つの功績は〝大臣″というものにまつわりついている。〝権威″を払拭したことである。新聞を開いてみても、新閣僚の家に大きなタイを持ち込んだり、一族郎党が集まってバンザイを叫んだりする写真が出なくなってからすでに久しいが、新内閣のために新聞がさくスペースも、こんどはたいへん小さくなった。それだけ国民のこの内閣への期待がうすれてきたことを反映しているともいえる。
最近の世論調査によると、この内閣の支持率は二五パーセントにすぎない。国民投票によれば、10パーセントを割るのではないかともいわれている。それでいて、自民党の総裁公選において、佐藤首相の得票が三分の二に近かったというところに、このデンスケとばくのシカケがある。代議政治というのは、委託政治、代行政治、ブローカー政治であって、その過程に多少のトリックが潜入してくることは避けがたいのであるが、このトリックを国民の前にハッキリと示したという点に、こんどの総裁公選とこれにつづく内閣改造の政治史的意義があったともいえよう。ことばを換えていえば、政策も政見も、ほとんど持たない佐藤栄作のような人物でも、現行の政党政治のカラクリのなかでは、多数党員の支持を得て、政権の座にすわることができるということを実証したのである。
戦後二十年にわたり、自民党は日本の政治を独占してきた。その間に、首相や大臣が大量に生産された。そのなかにずいぶんいかがわしい人物がいたことは、最近の「荒船事件」「上林山事件」の例をまつまでもない。代議士族の正体にいたっては、田中彰治が身を持って示したとおりである。
こういった政治家、政党に一票を投じた国民大衆の側にも責任がないとはいえない。しか し、国民の多くがこれを支持したのは、彼らの人物にたいしてではなく、彼らの手に握られている国家権力、もっとハッキリいえば、この利権組織につながることを欲したからだともいえる。
いまの政党は利権組織
この利権組織がいまの〝政党″の本体であって、これが一度国家権力をにぎるとそれが自動的に強化され、部分的な失敗では容易にくずれない。政治と経済が密着するという戦時中の伝統をまだ温存させている戦後の日本では、こういった〝政党″の自己強化作用はますます激しくなり、代議政治を変質させている。かくて地方自治体も、各業界も〝中央″とすなわち政権とつながらなければ、身動きがとれなくなっているのだ。
その結果、半永久化した政権の上にアグラをかいている〝政党″という名の利益集団は、ますます腐敗し〝政治家″はその腐肉にたかるハゲタカのような存在となっていくのである。
一方、野党の筆頭である日本の社会党も〝野党づかれ″もしくは〝野党ボケ″ともいうべき性格を露呈し、政権担当の自覚と自信を失って、国民の信頼感を裏切るような行動をくり返し、結果において自民党政権の永続化を助けていることになる。どうすればこの悪循環を断ち切ることができるであろうか。
これについて、私には別に〝名案″がない。おそらくだれもそういうものを持ち合わせていないのではあるまいか。
ただ一つ、現状打開の手段として考えられることは、このさい、自民党に分解作用が起こって〝保守第二党″が名乗りをあげることである。
すべての集団、とくに〝政党″のような政策や利権に基づく集団にあっては、派閥はつきものであるが、現在の自民党に見られる各種の対立は、単なる派閥の域を脱している。
革新陣営にも連鎖反応
いうまでもなく、政党がその本来の機能をじゅうぶんに発揮するためには、大多数党員の信頼を集めている党首のもとに結束し、党の選んだ政策の実施に協力する態勢をととのえていなければならない。果物にたとえていえば、ナシかリンゴのように、まんなかに核、その周囲 に果肉があり、これを一枚の皮で包んでいるというふうでなければならない。しかるに、いま の自民党はミカンのようにいくつかの袋にわかれている、というよりも、クリの実のように、 一つ一つの殻が固くなって、イガからハミ出しそうになっている。こうなった以上はハジけて飛び出すよりほかはあるまい。
社会党についても同じことがいえる。いまの社会党における〝右派″と〝左派″のあり方 は、一つの数のなかにおさまるようなものではない。しいておさめようとすれば、 〝右派″も〝左派″も、その機能を発揮できなくなり、半身不随、いや全身マヒに陥るばかりである。
自民党内における反主流派、反佐藤派は、いまのところ、日当たりが少々よくないというだけで、これらのすべてが一つに結集した新党をつくるとは考えられない。
しかし、同党内にあって〝ニュー・ライト″もしくは〝一匹オオカミ″と呼ばれている人人、たとえば松村謙三、藤山愛一郎、石田博英、中曾根康弘、宇都宮徳馬などが、いまの自民党にしがみついている理由がのみ込めない。
保守党が二つになれば、革新陣営の側にも連鎖反応が起こり、必ず再編成がなされるであろう。これまで中共一辺倒のように見られていた日本共産党が〝自主独立″のコースを選んでいる一方、日本社会党の〝左派″は、日本共産党に代わって中共への密着戦術をとっている。こうなってくると、日本社会党の〝右派″が民社党とわかれているという根拠もうすらいでくる。
保守政党が一つでなければならぬという理由はない。かつては犬養毅、尾崎行雄、清瀬一郎などが、少数ではあるが進歩的で良心的な保守政党をつくり、政界浄化の上に大きな役割を果 たしたものだ。現在の時点で、国民大衆がもっとも要望しているのは、こういった少数精鋭主義の上に立つ新しい保守政党である。
政権本位、利権本位の保守大政党、政権担当の責任感も信頼性もなくて〝野党ボケ″の した革新政党に、国民大衆はウンザリしている。
(昭和41年12月18日)